小規模多機能型居宅介護みんなの家・稲城長沼
【ユウの物語】車馬はゆっくり、愛はまっすぐに。
車馬はゆっくり、愛はまっすぐに。
YO、みなさん。
みんなの家・稲城長沼のストーリーテラー、
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便利すぎる時代に、私が羨むものがあります。
スマートフォンもWi-Fiもなく、連絡手段は手紙だけだった時代。会える時間が限られていたからこそ、人は今よりもずっと、相手を想う時間を大切にしていたのではないでしょうか。
「一生をかけて、たった一人を愛する」
そんな人生の景色を、私はあるご夫婦の傍らで見せていただきました。
出会い ― 秋の枯れ葉のように小さな背中
始まりは、地域包括支援センターからの一本の電話でした。
十数年来の膵臓がん、そしてゆっくり進む認知症。
初めてお会いしたおばあちゃんは、痩せた体で、まるで秋の枯れ葉のように儚く見えました。風が吹けば、舞い上がってしまいそうなほどに。
それでも、食べることが大好きな方でした。
テレビに映る懐石料理やお寿司、日本各地の風景に目を輝かせて、
「おいしそうだねえ」
と、少女のように笑うのです。
送迎の車中で私が
「今度、一緒にどこか行きましょうか」
と声をかけると、彼女はいつも柔らかく笑って、
「ここに来られて、本当によかった」
と返してくれました。
ヒーローが、一人の人間になるとき
昨年九月。季節が巡るのと同時に、おばあちゃんの体調は急激に坂を下り始めました。
それと呼応するように、おじいちゃんの様子も変わっていきます。
かつて家族を守る「ヒーロー」だった人。
けれど最愛の妻が家にいない不安からか、認知症が進み、警察に保護されたり、食事を忘れたり、時には苛立ちを抑えきれず机を叩くこともありました。
私たちは毎晩、お弁当を届け、灯油ストーブの火を確認し、彼の長い独白に耳を傾けました。
最初は険しかったその表情が、いつしか窓の外に私の姿を見つけると、ちぎれんばかりに手を振ってくれるようになりました。
ヒーローも、年を重ねれば一人の人間になる。
弱さも、不安も、どうにもならない無力さも抱えながら、それでも家族の前に立ち続ける。
それが、彼は父として最後の強さでした。
三歳からの約束
「俺たちは、三歳から一緒だったよ」
おじいちゃんは誇らしげに語ってくれました。
幼なじみとして育ち、勇気を出して結ばれ、日本一周のドライブへ出かけた若き日。
その旅路で遭った悲惨な事故。
おじいちゃんは一度「死亡」と判断されるほどの重傷を負いました。
けれど、かすかに動いた指先が奇跡を呼び込みます。
意識が朦朧とする中で、彼が叫び続けていたのは、自分の痛みではなく、
「女の人を助けてくれ」
という言葉だったそうです。
半分失った頭蓋骨。
それでも彼は、家族のために働き続けました。
「幼なじみの妻がいて、娘がいて、日当たりのいい家で野菜を育てられる。それで十分だ」
その言葉は、どんな贅沢よりも豊かに響きました。
二月十四日 ― 静かな卒業式
バレンタインデー。
そして、おばあちゃんの誕生日。
彼女は静かに、その生涯の幕を閉じました。
生前、こんなことを言っていました。
「私はもうすぐ、この施設を“卒業”するの。人生も、もうすぐ卒業」
少し寂しそうに、でも誇らしげに笑いながら。
「じいさんは短気だけど、悪い人じゃないの。怒っても、許してあげてね。私はじいさんのことも、娘たちのことも大好きだよ」
亡くなった朝、おじいちゃんは彼女を探して、あてもなく街を歩き回ったそうです。
「ばあさんは、もう帰ってこないってわかる。でもな、窓を見ると、もしかしたらって思うんだ」
その声は、ヒーローではなく、ただ一人の夫の声でした。
今日、写真を届けに行きます