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スタッフブログ

小規模多機能型居宅介護みんなの家・稲城長沼

2026年2月15日

【一日一心】時を越える魔法

昭和の風を纏い、愛する人へ微笑む日

YO!みなさん。
最近ブログ更新をサボっている、みんなの家・稲城長沼のカメラマン、
→ 王です ←

今日は2月14日。
花屋のショーケースに並ぶ淡いピンクのバラを、私はいつものように数本選んだ。妻への贈り物である。

この町に住み始めてから、妻の祖母の墓所が歩いて行ける距離にあると知った。
義理の両親と墓参りを重ねるうちに、私は少しずつ、妻を育てた「家族の時間」に触れるようになった。

十数年前の私は、住宅街に溶け込む墓地の風景を不思議に思っていた。
亡くなった後に形を整えて、何が残るのだろう、と。

けれど今はわかる。
墓前に立つということは、過去に向かうことではない。
自分の中に確かにある記憶を、もう一度確かめることなのだ。

線香の煙がふわりと頬をかすめる。
誰かが、そっと触れてくれた気がした。

“今”が残らないという痛み

この施設で働き始めて三年目を迎えた今年の初め、四、五名のご利用者が相次いで入院し、そのまま帰らぬ人となった。

葬儀の席で、ご家族が探し出してきた写真は、数十年前の色褪せたものばかりだった。
若き日の凛々しい姿、子育てに奔走していた頃の笑顔。だが、私たちが共に過ごした、あの穏やかな微笑みや、静かな誇りを湛えた「今の姿」は、どこにもなかった。

胸の奥で、何かが強く疼いた。

——なぜ、もっと美しく、その人の「今」を残せなかったのか。

私たちは日々、寄り添い、笑い合い、語り合ってきた。
それなのに、証として残るものがない。

その悔しさが、私の背を押した。

懐かしき時代へ、ひとときの旅

地域の活動室を借り、ボランティアと職員が集まった。
古着屋を巡り、昭和の香りを残す衣装を探す。

テーマはただ一つ。
「もう一度、主役になる日」。

鏡の前に座ったU様は、かつて梨農家の娘だった。
「農作業にお化粧なんてね」

そう言いながら、口紅を引くと、背筋がすっと伸びた。
「モデルさんみたいですよ」と声をかけると、
「冗談じゃないわ」と頬を赤らめる。

その横顔は、少女だった。

織物の先生だったH様は、鏡を見つめて静かに言った。
「上にいる主人、見ているかしら」

その日、普段は途切れがちな言葉が、糸のように続いていった。
出会いの日のこと。
初めての贈り物のこと。

記憶は消えたのではなく、
ただ、深く沈んでいただけなのだと思った。

仲睦まじいご夫妻の姿もあった。
帰り際、自然に奥様のコートを差し出すご主人。
居眠りを始めれば、「おじいさん」と優しく起こす奥様。

何十年という時間は、言葉よりも確かな形で残っている。

私たちは、誰かの青春だった

歳月は、若さを奪い、体を弱らせ、記憶を霧の彼方へ連れていく。
鏡を見る余裕さえ失う日もある。

けれど、皆さんは、きっと同じだと思います。

私たちが初めて親に出会ったとき、彼らはまだ二十代だった。
人生で最も美しい季節のただ中にいた。

けれど幼い私たちは、泣くことに精一杯で、その輝きを見落としていた。

「歳月が親から若さを盗んでいった」と人は言う。
だが本当の泥棒は、生まれた“私たち”だったのかもしれない。

切り離されたへその緒。
反抗して叩きつけたドア。

私たちは一生をかけて「さよなら」を告げながら離れていく。
それでも彼らは、ずっと背中に向かってこう言い続ける。

「いってらっしゃい。気をつけてね。」

そしてきっと、笑ってこう言うのだ。

「あなたは私たちの青春を盗んだ泥棒なんかじゃない。
あなたは、私たちの“もうひとつの青春”なのよ。」

取り戻した青春

撮影を終え、写真集にして、手渡したとき、
利用者様が小さくつぶやいた。

「これが、私?」

その目には、確かな光があった。

若返ったのではない。
取り戻したのだ。

「私は、私である」という感覚を。

世界を広げる仕事

詩人・北島は言った。
「一人の歩く範囲こそが、その人の世界なのだ」と。

ならば、私たちの仕事は、その世界を少し広げることではないだろうか。

あの日、見逃してしまった輝きを、もう一度すくい上げること。
「今」という時間を、未来へ手渡すこと。

昭和の風を纏い、愛する人へ微笑むその瞬間。
それは確かに、時を越える魔法なのだ。

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